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JIB 28th Anniversary
■JIBはおかげさまで28歳になりました。

2006年11月23日、JIBはおかげさまで28周年を迎えることが出来ました。
JIBファンの皆さまや、僕の周りにいつも居て下さる方々に、
心より感謝を捧げたいと思います。
お祝いに来て下さったたくさんのみなさん、
そして、全てのJIBファンのみなさんに、この場をかりて御礼申し上げます。


さて、JIBの28年と共に僕自身の28年を振り返ると・・・
長いようにも短いようにも感じられる、よくわからない年月。
しかし、人間に例えてみるならば、生まれた赤ちゃんがもう立派な大人になってしまっています。
そう考えると、大きな大きな時間の経過を感じるわけです。

しかし、JIBは「子供」から始まって、まだ心は相変わらず「子供」のままです。
子供なんですが、目には見えない何かがいっぱい詰まってきた感じです。

ヨットに始まり、クライミング、スキー、水上スキー、バイク、音楽など、
色々なものに夢中になり、その都度その遊びに必要なバッグを考え、作る。
おかげで、沢山のアイデアと共にたくさんの商品が生まれました。
だからこそ、JIBのカバンはカバンの形をしているけれど、
一つ一つがその時その時の僕からの「遊び」のメッセージなのです。

というわけで、さまざまな遊びのエッセンスがぎゅっと詰まった商品が、
今も昔も変わらず、JIBのコアとなっているのです。

そうして日々を送っていると、時間の経過など全然感じる間もなく、
自分自身も若者の心のままの筈なんですが、
ふと自分の肉体を見ると、
「いつの間にこんなに歳をとったのか!」
と、びっくりする28年です。(笑)

JIBは、常に子供の心を持ち続ける、好奇心いっぱいのcompanyです。
"遊びのメッセンジャー・Mr.JIB"と共に、
今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

※お祝いに、JIBファンの方から素晴らしいケーキを頂きました。
   写真ですが、みなさんにもほんの少しお裾分けです。
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by mrjib | 2006-11-26 21:29 | Topics
創作の秋、2006
暑い暑い夏が終わり、本格的に秋が深まってゆく季節がやってきました。
今は何をしても気持ちの良い季節。
特にバイクは最高やな!

さて、今年のJIBの夏も思いっきり忙しく、余りにも忙しく、
製作に追われゆっくり考えることも出来ませんでした。

しかし秋になってほんの少し新しいものを考えるための時間が出来てきました。

今まで経験してきたさまざまな遊びの中で、
本当に必要なモノや改良すべき事などに対して工夫を重ね、
何度も何度も試作をし、新しいJIBが生まれる、実りの季節なのです。

そんな季節、
JIB本店・甲子園のアトリエでは、夜な夜なスタッフが集まり、
ああだこうだと夜な夜な創作活動。
僕の机やミシンの周りは生地や糸くずや試作でぐちゃぐちゃになり、
もう大変な散らかりよう。

しかし、そうしてやっと出来上がったものを、
今まではすぐにお見せすることが出来ませんでした。

しかし、今年は芦屋に直営店、
また、JIBのすぐそばにMOTOJIBショップが出来ましたので、
出来たてホヤホヤの新商品やリニューアル商品を出来たての内に、
このお店で見て頂くことが出来るようになりました。

何故、そんなに早く店頭に並べること出来るでしょうか。
それは、芦屋のスタッフやMOTOJIBのスタッフも、
あーだこーだの製作現場に参加するからです。

またそのことによって、身近でお客様の意見なども直接聞くことが出来るのです。
また色んな意見を聞かせてもらえると嬉しいです。

さあ、今日は何作ろうか?
もっといっぱい楽しむぞ!

d0093654_17251016.jpgp.s.
今年の秋の一番目の作品は、スピンナッツです。
収穫の秋・・・JIBの木にもいっぱい実が成った!
というイメージの、
夢と遊び心がたっぷり詰まったジブの実です。
●JIB NUTS
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by mrjib | 2006-10-14 17:28 | Topics
初クルージング
■初クルージング

衝撃的なヨットとの出会いの春からわずか数週間後、初めての一泊クルージングです。
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ナオタン(ヨットの船名)に先輩クルーと乗り込み、いざ目的地は、淡路島の洲本へ。
クルーとして、期待と不安に胸を膨らませながら、出港。
西宮港から出発して6〜7時間かかったと思います。
その日の天候は曇り、辺りは霧でほとんど何も見えない状況でしたが、それでもコンパスで進路だけ見て、針先を頼りに進むのです。

「これで本当にちゃんと着くんか?」

そう、信じられますか?
コンパスの指し示す進路だけで、身近な島だけじゃなく、世界中何処へでも行けるのです。
このシンプルな地球のシステムが、何も知らない僕にとってはとても新鮮で、衝撃で、と同時に最大に不安でした。

目的地が近づく頃の時間、前方に見たことのある松林が!!
小学生の頃、家族旅行で行った時に、関西汽船から見たものと同じ景色が目に飛び込んできました。

ちゃんと着いた・・・・・!!

感激でした。
それは、感激と同時に、何とも言えない安堵感が溢れ、「海に出て、必ず無事に丘(陸)に帰ってくる」という、海の世界での大鉄則の意味を、ほんの少し体感した事でした。

クルージングから帰ってからも、毎日沖に出て、練習に明け暮れてました。
ヨットの艤装(帆走の為の準備・セッティング)、ロープワーク、ロープの投げ方や、セイルのトリム(調整)、そして大切な仕事であるヨットの掃除や整備など・・・覚えることはたくさんありました。
マリーナで動き回る他のスタッフの、無駄のない機敏な動きが、何ともかっこよく、僕の憧れになっていたのです。

そうして、夏も盛りになる頃には、もう自分もいっぱしのクルーのタマゴになっていました。
スキッパー(船長)に指示される前に手際良く段取りし、何でも出来るようになっていました。

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練習はいつも西宮から4〜5時間で往復出来る範囲。
タックやジャイブ(帆走の基本の動作)など、沖に出てはそういった実践の練習です。

また、淡路島、小豆島、家島・・・
瀬戸内海を臨む西宮からは、とても手頃な目的地がたくさんありました。
クルーザーのオーナーが寛容な人物で、僕たちがそういった身近なクルージングを持ちかけると、実行することをいつも心よく許してくれたのです。
【to be continue・・・】
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by mrjib | 2006-10-12 01:43 | Yachting
ヨットとの出会い
■18歳・春(1967年)
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僕が初めてヨットに出会ったのは、18歳の春でした。

大学受験が終わり浪人が決定した時です。
今日から一年間は頑張ろうと思う反面、今日から思いっきり自由やな、とも思っていました。
毎日、自転車でヨットハーバーへ行き、飽きることなくヨットを眺めていました。

あの中、いったいどうなってんねんやろ?、と。

僕の好奇心の針が、今よりもっと敏感に振れていた頃です。

■ヨット生活の始まり

ある日のこと。

「おおい」 「乗るか?」
と言う声が聞こえました。
何のためらいもなく僕は「はい」と答え、その声の元へ走って行きました。声をかけてくれたのは、ハーバーでアルバイトをしている青年でした。彼は僕をディンギー(小さなヨット)に乗せてくれると言うのです。そして僕は彼と二人、沖へと出たのです。

音もなく海をなめらかに滑るように進み、舵と帆で好きなように走る。
私はいっぺんにヨットの魅力にはまってしまい、毎日ハーバーへ手伝いに行くようになりました。
もちろんギャラなんてものはありません。無償の奉仕です。
が、ボートを押したりヨットを洗ったり、他の人から見ればいかにも地味な雑用そのものが、
充分に「遊び」であり、それら一つ一つがとても楽しかったのです。

■外洋ヨットのクルーになる!

初めてディンギー体験をしてから数日後、外洋ヨットに乗るチャンスが来ました。
外洋ヨットとは「キャビン付きのヨット」というのが、ざっくりとした定義です。
当時外洋ヨットなるものは、ほんの一部の方々だけの持ち物だったため、今の時代以上に人々にとってはより遠い存在でした。
僕の居たヨットハーバーにも、わずか数艇あるのみだったのです。

そんな時代、まもなく僕は生まれて初めて外洋ヨットと出逢うことになります。

話しは少しそれる。

その当時、堀江健一氏のマーメイド号が、単独太平洋横断に成功したニュースが日本に溢れた少し後だった。
言わずと知れた堀江氏は、我が町、西宮出身である。
日本はそのニュースに湧き、その偉業は、石原裕次郎が主演で「太平洋ひとりぼっち」という映画化されるに至った。
僕の居たヨットハーバーに映画のロケがきたりもした。
そんなことで、僕の周りはもちろん、日本中が海に関わることがちょっとしたブームになっていました。
小さな西宮の海から世界に向けて、夢が広がるイメージを誰もが持った時代でした。

さて、マーメイドは18フィート(約6m)の小さな船。
僕が声をかけてもらったオーナーの「ナオタン」という船は、24.5フィート(約7.5m)、定員が5〜6人ほどの、当時としては大きい方のクルーザーでした。
新米クルーの僕と先輩クルーは、そのヨットクラブから紹介され、そのオーナーの船のクルーとして乗せてもらえる事となったのです。
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初めて見るキャビン(ヨットの船内)には、ベッドや小さなキッチンが装備されており、見たこともない世界が広がっていました。僕は、大変な驚きと感激に包まれました。

へぇー、こんな中で充分生活しながら走れるやん!
お茶も飲めるしゴハンも炊ける。
むき出しだけれどちゃんとトイレだってある!
幼い頃の、隠れ家や基地ごっこをしてワクワクした思い出がふわっとよみがえる。

さらに、小さくてもそれは充分に豪華と呼べる装備で、こんな乗り物に乗っている、という自分が、何ともかっこよく思えたのです。これがまた、非常に気分が良かった。
その頃僕は、完全に役に立つクルーとは言えるものではなかったので、何となく「乗せてもらっている」感があったにせよ、とにかくそれは僕にとって最高の優越感でした。

ヨットとは、夢の広がるものやなあと思いました。

その後、その船のオーナーが「この船に乗るか?」と声をかけてくれました。
もちろん答えは即答、イエス!に決まっていました。

そんなわけで、この日から僕は、外洋ヨットのクルーになったのです。
・・・・

もう受験のことは完全に忘れていました。
興味があるのは、ヨットの事だけでした。
ヨットのこと、ロープワークや帆走のこと、自然と向き合うための知識などを、
夢中で覚えました。
覚えることは山のようにあったけれど、受験勉強のは違って、
それはとても楽しい勉強でした。
【to be continue・・・】
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by mrjib | 2006-10-07 04:44 | Yachting